2014年3月11日 追悼・復興祈願祭 祈祷

鎌倉恩寵教会 荒井仁牧師
於:鎌倉鶴岡八幡宮

詩編6:9-10
「主はわたしの泣く声を聞き、主はわたしの嘆きを聞き、主はわたしの祈りを受け入れてくださる。」

天と地を造られた全能の神様
 御名を崇め、讃えます。
 東日本大震災から三年の月日が経ちました。多くの人たちが今なお、被災生活を送らざるを得ない中で、あの日、あの瞬間を思い起こしています。

 長く大きな揺れが、あれほどの大惨事を引き起こすとは予想もつかないまま、人々は避難を始めていました。しかし津波の勢いは、思いを超えて強く、そして早く、人々の日常生活を破壊して、大勢の尊い命を呑み込んでいきました。どれほどの恐怖の中で、大勢の人たちが津波に巻き込まれながら最期を迎えたことかと思うと、今でも心の震えが涙と共に止まりません。

 高齢者、働き盛りの人たち、子どもを育てる若い親がいました。障碍を持つ人たち、外国から来ていた人たちもいました。これからの成長が楽しみにされていた小学生、幼稚園の子どもたちもいました。そして生まれて間もない幼子、生まれる時を待っていた新しい命もありました。神様、地震と津波によって残念ながら地上での歩みに終わりを告げられたこれらの人々の上に、あなたの深い慰めと平安をお与えください。そして、いつの日か天において、新しい命が与えられ、遺された親しい人たちと再び顔を合わせることが許されますように、心から願います。

 家族や友人、職場の同僚を亡くして、深い悲しみの中にある人たちを顧みて下さい。共に食卓を囲み、語り合い、知恵を出し合い、助けあって来た大切な人の命があの時に奪われました。身も心も引き裂かれる痛みと辛さを抱えながら、三年の間、過ごして来ました。絶望をして自ら命を絶つ人もいました。津波から逃げる時に、すぐ後ろにいた人がいなくなり、自分は生き延びることができたゆえに、罪悪感に悩み続ける人もいます。あの時、こうしていればと、後悔の思いの中に沈む人もいます。家族の中で自分一人だけが生き残り、流された自宅跡に家族の茶碗を並べて、家族を思い続ける人がいます。どうか一人一人の心をあなたがその温かい手で包みこみ、慰めを与えてください。

 被災生活のストレスから、体調を崩されて、亡くなる人たちも大勢います。原子力発電所の事故によって故郷を追われ、安心して暮らせる町に辿り着くことなく、人生を閉じられた方々に、神様の安らぎが与えられますように。天にある永遠の家で憩えるように祈ります。

 今なお、行方の分からない人たちがいます。家族や友人はその姿を求めて捜し続けています。一日も早く、消息を知ることができるように、お導き下さい。

 神様、私たちは、津波の襲い来る中で、人々の命を守るために、最後まで呼びかけ続けた声を忘れることができません。波間に消えた声は、今でも多くの人々の心に響きわたっています。あの呼びかけの声で、どれほど多くの人たちが助かったことでしょうか。尊い働きを続けられた方のように、私たちも被災者に声をかけ続けます。そして命が尽きる時まで被災者と共に歩めるように、勇気と力と知恵をお与えください。

 これらの祈りを、救い主イエス・キリストの御名によってみ前にお捧げいたします。アーメン