日本キリスト教団

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主日礼拝

 主日礼拝

毎週日曜日 午前10時30分

お知らせ

この度の新型コロナ・ウィルス感染拡大を鑑み、当鎌倉恩寵教会は日曜日の礼拝、祈祷会、地域家庭集会など集会や委員会を当分の間、お休みとします。一日も早く終息しますよう心からお祈りしております。

鎌倉恩寵教会 役員会一同
牧師 渡辺誉一

LinkIcon 今週のメッセージ

4月5日

4月5日(受難節第6主日・棕梠の主日)  
説教「弱さを受容する姿へ」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

苦しみの時を過ごしたイエスは三度目に弟子達のところへと戻って来た時、変貌している。弟子達に告げたのは「目を覚ましていなさい」ではなく「もうこれでいい。時が来た。立て、行こう」であった。イエスが神に委ねきることで、再生する姿が描かれている。

掲示の言葉

祈りは己の願いや
 欲の為のものではなく
祈りは現状を受容し
 立ち上がる力である

聖書:

あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。 もうこれでいい。時が来た。

旧約聖書:

イザヤ書 53 15

新約聖書:

マルコによる福音書 14 32 42

3月29日

3月29日(受難節第5主日)  
説教「赦しを憶えて」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

サムソンの祈りは、今一度だけ復讐をさせてくれとの怒りの爆発であった。「私の命はペリシテ人と共に滅びればよい」という滅びを願う祈りであった。全く対照的な祈りが、あの十字架上のイエスの祈りである。滅びでなく赦しの祈りをこそ捧げていきたい。

掲示の言葉

人生の最後が
 虚無ではなく
赦しを感受した
 希望であるように

聖書:

ペリシテ人に対してわたしの二つ目の復讐を一気にさせてください。

旧約聖書:

士師記 16 23 31

新約聖書:

ルカによる福音書 23 32 38

3月22日

3月22日(受難節第4主日)  
説教「ゲッセマネの祈り」 
鬼形惠子牧師

説教の要言

十字架の死を前に迷い、苦しむイエス・キリストは、最後まで人として私たちと共に歩んで下さったのである。

掲示の言葉

私たちの心の
 コンパスは信仰です
神の言葉に導かれて
 歩む者でありたい

聖書:

彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。 ここを離れず、目を覚ましていなさい。」

旧約聖書:

詩編 32 8 11

新約聖書:

マルコによる福音書 14 32 42

3月15日

3月15日(受難節第3主日)  
説教「その弱さによって 」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

イエスが語られた「友のために自分の命を捨てる」という一句の「捨てる」という言葉は、他の聖書箇所で 「置く」「立てる」と訳されている。「捨てる、捨てられるもの」が「置く、置かれ、立つ、立てられ」ていくという十字架の逆説が表現されている。

掲示の言葉

強い者だけが
 生き残るのではなく
弱さを認め合う時
 互いに生かされていく

聖書:

友のために自分の命を捨てること、 これ以上に大きな愛はない。

旧約聖書:

詩編 86 11 13

新約聖書:

ヨハネによる福音書 15 11 17

3月8日

3月8日(受難節第2主日)  
説教「従う道の平安」 
大野高志牧師

説教の要言

孤独を抱えて生きる人。別れを悼んで生きる人。その 一人ひとりに神は寄り添い声をかける。「わたしに従いなさい。その悲しみを独り占めせず、隣り人の痛みに同道せよ」と。

掲示の言葉

せせら嗤いし対岸を
 身に迫り来ば罵るは
同じ命を分つべく
 生かさるる恵み毀つ罪

聖書:

イエスはその人に、「鋤きに手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた。

旧約聖書:

列王記上 17 17 24

新約聖書:

ルカによる福音書9 57 62

3月1日

3月1日(受難節第1主日)  
説教「我等命への旅人」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

「イエスは息子をその母親にお返しになった」。私たちもイエスによって、いずれの日にか天の国で、愛する者を抱きしめることが出来るという約束への招きが語られている。「憐れむ」イエスは深い悲哀という感性を突き抜けて、ご自身の十字架の死を暗示させ、死を滅ぼしていく。

掲示の言葉

人との出会いは
 命との出会いである
人生は人と呼応する
 命の旅路である

聖書:

すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

旧約聖書:

列王記上 17 17 24

新約聖書:

ルカによる福音書7 11 17

2月23日

2月23日(降誕節第9主日)  
説教「聖書を生きる」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

弟子達は少年が持っていたパン5つと魚二匹では「何の役にも立たない」と訴える。挙げ句の果てには少年を引き合いに出して「役立たない」とまで批判をする。数や量にとらわれる弟子達を、あざ笑うかのような奇跡をイエスは起こし、「パン屑」までもが大切にされる。

掲示の言葉

数量化や数値化に
 人は惑わされる
心は数値で測れず
 命は計れないほど重い

聖書:

イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。

旧約聖書:

詩編 145 10 16

新約聖書:

ヨハネによる福音書61 15

2月16日

2月16日(降誕節第8主日)  
説教「仕え出す者へ」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

マルコ福音書はユダヤ戦争直後にユダヤ・パレスチナの地で成立したと云う。戦争は憎しみ、怒り、痛みと深い悲しみをもたらす。聖書は憎悪や悲惨さを悪霊と表現する。イエスに癒やされたペトロの義母は悪霊にイエスを知っていたことを思い出させたという。

掲示の言葉

人は誰でも
 優しい心がある
仕え続ける姿は
 それを思い出させる

聖書:

人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、 イエスのもとに連れてきた。

旧約聖書:

イザヤ書 58 10 12

新約聖書:

マルコによる福音書1 29 34

2月9日

2月9日(降誕節第7主日)  
説教「行ったり来たり」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

ヨハネ福音書の4章までで、なぜかイエスはあちらこちらを行ったり来たりしている。私たちも様々な心配事や不安がいつも頭の中をグルグル回っている。悩み始めれば切りがない。しかしイエスという救い主も何度も戻って、何度もやって来る。

掲示の言葉

悩みと心配事は
 堂々巡りである
救いと和らぎも
 何度もやって来る

聖書:

これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、ニ回目のしるしである。

旧約聖書:

ダニエル書3 32 33

新約聖書:

ヨハネによる福音書4 46 54

2月2日

2月2日(降誕節第6主日)  
説教「隣ることを欲して 」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

倒れかけている私を、神が背負い和らぎへと運んで下 さる。イエスが担がれた十字架は、この私の重荷であり、 なぜ私だけがと苦しむ自分を主が背負って行って下さ ることに気づきたい。そして主は私たちに隣ることを 欲しておられる。

掲示の言葉

己の状況と人の状況
 互いに交わらない
境界を突破するは
 隣ることを欲する心

聖書:

そこで、イエスは言われた。 「行って、あなたも同じようにしなさい。」

旧約聖書:

申命記649

新約聖書:

ルカによる福音書 10 25 37

1月26日

1月26日(降誕節第5主日)  
説教「二人称のまなざし 」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

立ち去った人は憐れみをもって見つめられたイエスを思い起こすことだろう。慈しみの眼差しをもって見つめる主は、私たちが互いに向かい合うことを望んでおられる。向かい合う主の眼差しに生きる時、私たちはこの物語の続きを生きるのではないだろうか。

掲示の言葉

主観的な一人称の目
 客観的な三人称の目
共に交わりのない眼差しだ
 二人称の目は人と向かい合う

聖書:

その人はこの言葉に気を落とし、 悲しみながら立ち去った。

旧約聖書:

申命記5 16 22

新約聖書:

マルコによる福音書 10 17 22

1月19日

1月19日(降誕節第4主日)  
説教「孤独と苦しみを分かつ 」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

聖書の言葉「フォース」は「光」と訳されるが、「太陽光、輝き、霊的な光、命を与えるもの、暗黒の中で人の霊を照らすもの、神や救い主を指すもの」と多義にわたって使われる。孤独と苦しみの闇に閉ざされた人間を照らす光がイエスであるとヨハネは宣言する。

掲示の言葉

世の雑音響く中
 神は沈黙される
しかし苦悩の闇に
 光を照らされる

聖書:

わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。

旧約聖書:

詩編 13 26

新約聖書:

ヨハネによる福音書8 12 20

1月12日 

1月12日(降誕節第3主日)  
説教「神の光は今この時に 」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

生まれつき目の見えなかった人物がシロアムの池でイエスにいやされた。そして再度、彼はイエスと出会っていく。再開した彼はイエスに向かって「主よ、見えます」ではなく「主よ、信じます」と告白した。目の前に立つイエスと共に彼は人々の間に戻っていく。

掲示の言葉

人は殺伐とした世界
 冷たい社会に生きる
しかしその只中に
 主は共にいて下さる

聖書:

彼が、「主よ信じます」と言って、ひざまずくと、 イエスは言われた。

旧約聖書:

箴言 15 28 33

新約聖書:

ヨハネによる福音書9 35 41

1月5日 

1月5日(降誕節第2主日)  
説教「信仰という磁針」 
渡辺誉一牧師

説教の要言

人生はしばしば旅路にたとえられる。しかし世間一般と同じように旅路といっても、神によって、イエス・キリストによって生かされているという実感を持つ信 仰者と信仰を持たない者との間には大きな相違がある。信仰者は忍耐と祈りをもって歩み続けたい。

掲示の言葉

人生は旅路に
 たとえられる
何処に向かうのか
 神の愛を磁針としたい

聖書:

あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。

旧約聖書:

創世記 12 19

新約聖書:

ペトロの手紙一139

ご案内車椅子利用、幼ないお子様連れの方へ

当教会の礼拝堂は2階にありますが、車椅子利用、幼いお子様連れの方は、大画面モニター設置の1階集会室で、同時に礼拝していただけます。隣接する「ユニバーサル・ルーム」には、段差の無いトイレ、赤ちゃんのおむつ交換台を備えています。

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