2013年3月9日 チャリティー・コンサート「祈り」祈祷文
佐藤千郎牧師



 神さま、東日本大震災が発生して満2年、3月11日を明後日に迎えます。


 あの日、大きな揺れが生活を破綻し、特に、東北の太平洋に面する自然豊かな町々が大津波に襲われ、さらに崩壊した原子力発電所から漏れ出た高レベルの放射能が音もなく侵入し、それまでの暮らしは一変しました。一瞬にして日常は消滅し、悪夢としか言いようのない非日常が、日常と化する日々が始まりました。


 あの時から満2年、自然は緑を取り戻し、海には魚が戻り、かつての日常を取り戻しつつあります。「自然は裏切らない」、この言葉は、私には、50年余り前、水害で自宅を流されながらも、再び戻った清流とそこに泳ぐ魚たちを眺めながら、こころに留めた言葉として甦ります。


 多くの人たちの支援で、元気を取り戻し復興に取り組む人たちを、自然は、受けとめ、受け入れ、以前と変わらない豊かな実りをもたらしています。自然は、災害の前も、災害の後も変わることのない希望のパートナーです。


 災害発生の地や海で、再び暮らすことの出来る幸いを感じる、人の心の不思議さを思います。人が自然の神秘と真実に触れたときに生まれる、見えざる者への思いに連なる心の動きです。改めて、神が創造された地も海も、そこに暮らす私たちも、神から見捨てられたり見放されたりしていないことを確認し、信頼に立ち帰ることが出来る世界に生かされていることを感謝します。


 この信頼から生まれる信仰故に祈ります。神さま、被災者一人ひとりに今なお続く、悲しみ、叫び、怒り、そして不安と祈りに応えて下さい。絶望は希望に変えてください。誰一人として孤立することなく、ひとりぼっちになることがなく、つねに、助けの手が届き、見守りの目が注がれ、安全が守られ、安心して過ごせる日々でありますようにと願います。


 神さま、それにしても、人の業の何と罪深いことでしょうか。
「取り戻す」と声高に叫ばれる言葉が、私たちの間をを駆け抜けています。それは、あたかも、原発の崩壊と共に姿を消した安全神話へのアンコールに聞こえます。
 今、この国が、真っ先に取り戻すべきは、失われ消滅した2011年3月11日以前の日常です。食卓を囲む家族の団らんであり、校庭で走り回る子どもたちの賑やかな声であり、市場や商店街に飛び交う店員たちの呼び込みです。


 しかし政治の貧困は、あの日から始まった非日常の日常化を生んでいます。いのちへの慈しみはうすれ行き、被災者は置き去りにされています。その隙間を縫うかのように、復興に乗じた貪欲が、被災地をむしばみ、被災者の魂をも揺り動かし始めています。


 確かに、時間の経過と共に、流れ出ていた血は止まり、肉体の痛みは消えていきます。しかし、肉体と魂に刻まれた傷跡は消えることはありません。むしろ、これらの傷跡こそ、失われたくさんの尊いいのちと、かけがえのない宝物や財産の喪失と、加えて放射能により故郷を奪われ離散した人たちに今なお続く、いやされることのない苦悩を代償に、今を生きる私たちに残された歴史、神の救いの歴史のしるしです。


 それ故に、この歴史に学ぶことなくして、奪い取られたもの、失われたものを取り戻すことは出来ません。傷跡の語りかけに、謙虚に耳を傾けることによって生まれる反省と悔い改めがあります。この反省と悔い改めから生まれる将来の姿と、この姿に裏打ちされた、再建への勇気ある歩みこそ、復興と呼ぶに値するものです。復興とは似て非なる復旧は、私たちに再び破壊と滅びをもたらすに違いありません。この愚かさに気付かせてください。貪欲を退け、真の復興への道を歩む国とならせて下さい。


 「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」とイエス•キリストは仰せになりました。突然望まない死が訪れ、悔やみきれない死が被災地を覆い尽くしました。でも無駄な死はひとつとしてありません。それらの死が新しいいのちを芽生えさせています。新しく芽生えたいのちの育ちこそが、悲しみを癒し、不条理な死をも受け入れる魂の豊かさを取り戻します。だから、イエス•キリストのみ言葉に導かれて確認し確信することの出来るこの真実に、将来の希望を託するものとして下さい。


 私たちの被災地への思いは、未だ小さな断片に過ぎません。私たちの働きは大海のひとしずくです。でも、私たちは、2011年3月11日のどんな小さな風景も、暮らしの中で、折に触れ、思い起こし、これからも心に刻み続けます。
 2011年3月11日が、歴史の新しい節であり、常に立ち帰るべき原点であり、何よりも、この原点に立ち帰り、被災地と被災者に寄り添う努力を続けていく中でこそ、被災地を離れて暮らす私たちは、復興への確かな希望を見出すことが出来ると信じるからです。


 神さま、弱く貧しい私たちの祈りにも耳を傾け、今日のここに集まる者たちの思いを被災地に届けて下さい。私たちを祈りへと整えて下さる出演者の皆さまのお働きに、豊かな祝福を与えて下さい。


 この祈りを、私たちの救い主、イエス•キリストのお名前によりささげます。