2014年3月8日 チャリティー・コンサート「祈り」祈祷文
大野 高志



 ともに祈りましょう。
全能の神、天と地を造り、海と陸とに命を与え、その大いなる自然を支配して、生きる一つ一つの存在を愛し導いておられる神様、

3月11日。わたしたちは再び、この日を迎えようとしています。もう3年になります。あの日も多くの人たちが、間近に迫った春を心待ちにしていました。新年度が近づいていました。早々と用意されていたランドセルが、出番を待っていました。少し大きめの学生服も、新調された紺色のスーツも、3月までは送別会の予定でぎっしりで、4月のページから空白になる、そのスケジュールノートも、新たな生活を待ちわびていたのでした。神様、それらの期待が、あの日命とともに、冷たい海に飲み込まれてしまいました。あるいは突然の避難命令に、ふるさとの思い出に閉じ込められたままになりました。そのことを思うと、今もわたしたちの心は引き裂かれそうになります。あなたが傷を癒して下さいますように。改めて、この震災とその関連で亡くなったすべての方々の魂の為に祈ります。その霊をあなたが安んじて下さい。遺族として3年を迎える方々があります。なお離ればなれになってしまった家族の姿を追い求めておられる方々があります。その傍らにあなたが立っていて下さい。すべての喪失感に喘ぐ人々の上に、慰めと希望を与えて下さいますように。

愛する神様、人は忘れていきます。忘れることによって前に進んでいくことができるようになることもあります。鋭い痛みには耐え続けることが出来ないのもたしかです。けれども忘れることによって、忘れられないでいる人々がいることまで忘れてしまうことがないようにしてください。3年の月日が、被災地にとってわたしたちを遠いものとしてしまわないようにしてください。聖書には、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣け」という言葉があります。今こそ、そのような者として、わたしたちを新たに造りかえ、あなたにある平安を分かち合って生きる務めを果たしていくことが出来ますように。

力の源である神様。わたしたちには生活を営むためのエネルギーについての問いが、鋭く突きつけられています。人の奢りと欲望は、震災までの社会構造を忘れることが出来ず、発展の名の下にそれでも原子力を求めています。経済のことを考えると、わたしたちは不安なのです。けれども同時に、全体の利益のためといって、だれかの生活を奪うようなこともしたくないのです。神様、今こそ、共に生きることについての真の知恵と方法とを見つけ出させて下さい。

恵みの神様、ここに第12回目の「祈り」のチャリティーコンサートを開くことが出来ることを、心から感謝いたします。今回のテーマには「縁」という言葉が選ばれています。震災によって被災地が失ったものは多くの縁でした。だからこそ、新たに縁を取り結ぼうとするすべての試みが実りあるものとされますように。復興の業を、被災した街の新生を、御心に適って推し進めることが出来ますように。今日はこのコンサートのために、すばらしい出演者が与えられています。これらの方々を、また被災地にあるその活動を祝福して下さい。対談の時、コンサートの時が、深い祈りに満たされて、それぞれに今日の思いを持ち帰ることが出来ますように。

3月11日。この日を覚え、この国で、また世界中で祈りが捧げられます。この大地に、祈る民がいることを、忘れないでいて下さいますように。

ここに集まったわたしたちの祈りを、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって御前に捧げます。

アーメン