教会墓地

61号【墓地について】



【墓地について】   月報61号


 墓地のことが話題になって久しいのですが、教会墓地が鎌倉霊園にいよいよ完成が近づいています。第(簡単なダイ、4画)三十八区芝生墓地一号で、二十二平方米です。四畳ほどの地下室を掘り、納骨棚を作り、白い石で外柵と入口が出来ました。墓標をどの様なものにするかを、墓地委員会を中心に考えています。遅くとも来年イースターには完成予定です。


補:渡辺文子さんは生前、渡辺武雄兄が恩寵伝道所開所当時から、墓地確保に奔走されたことを、幾たびも語ってくださいました。国籍は天に在っても、地上に残る家族の思いを大切にされた逸話と感謝して伺っていました。(藤本美知子 記)

168号 教会墓地/エッセイ  山本敬

教会墓地/エッセイ                          月報168号

【遺骨について】     山本 敬 



 先日アメリカのサンディエゴにいる子供の家族を訪ねた折、日本人教会の会員の方の紹介で、昨年亡くなられた元駐日大使ライシャワー博士のハル夫人のお宅を訪ね、お話を伺う機会があった。ライシャワーさんのお宅はサンディエゴの海に面した小高い丘の上にあり、素晴らしい眺めであった。 ライシャワー大使のお父さんは宣教師であり昔の明治学院神学部の教授をしておられたが、当時私の父はそこの学生で、苦学をしていた父は個人的にも色々お世話になり、又先生の母校のオーバーン神学校にも留学させて頂いたりしたようだ。特に当時学校内の宣教師住宅に住んでおられた先生のお宅にはしょっちゅうお邪魔し、当時の子供時代のライシャワー大使の腕白ぶりも相当なものらしかったが、そんな話がはずんでハル夫人もとても楽しそうにしておられた。 その折のお話に、故ライシャワー大使の遺骨は、当時新聞でも報道されたが、遺言どおりサンディエゴの海にまかれたのであったが、その時のお話は大変感動的であった。ライシャワー邸の前はゆるやかな谷になっており、左手より遺骨を乗せて飛行機が飛来し、お宅の応接室の大きな一枚ガラスの窓より見送るご親族に、低空より翼を振って合図し、やがて飛行機は海上三マイル位の地点で遺骨を空にまき、又帰路同じように邸の前で翼を振って左手の山に消えていった、・・・というお話であった。 このお話を伺って、私ははしなくも終戦後「遺骨収集団」という遺族の団体が何回も厚生省の肝入りで南方に派遣され、家族が戦死した現場に行って遺骨の収集にあたられたということを思いだしたのであった。 “遺骨“というものに対する考え方が欧米と日本では大分違うように思われる。私は信じ難いかもしれないが、結婚し家庭をもち父母が亡くなっても、わが山本家の先祖代々のお墓というものに行ったことがなかった。たまたま関西に旅行し従兄との話の中で、「山本家」のお墓もなかなか立派だぞというので、一度見に行ってみようと和歌山市のいわゆる菩提寺までお墓を見に行ったものである。 勿論父が亡くなってからお寺から通知がある度に維持費や掃除料などその都度送金しているし、父母の遺骨は鎌倉の報国寺に造ったお墓に眠っている。このお寺は檀家にならなくてもお墓を作らせてくれた奇特なお寺である。 又どこの教会でも競って立派なお墓を建てるようだが、いちいち個人でお墓をつくる手間が省けるし、お寺の檀家になるとかならないとかの問題もあるし、色々な意味で合理的で、よい事であると思う。 しかしお骨を収めてある所に墓参するという事に深い意味をもたせることは我々プロテスタントにとって本来的相応しい事なのかどうか如何なものでしょう。