青年会

118号 青年よ頑張れ  

青年よ頑張れ  118号

青年よ頑張れ


 自分達の青年時代には、青年会はどの教会でも随分盛んで、会合があると青臭い意見が飛び交ったものだ。自分は、今は青年と呼ばれるには些か年をとってはいるが、気持ちは青年の時と変わりないつもりでいる。


 残念ながら現在の状況は青年会が教会を支えるグループのひとつとは言いがたい。当時はクリスマスの祝会などは青年会の独壇場であったが、現在は往時の面影はないと言ったら言い過ぎであろうか?表面的には日本の社会は当時とは比較にならぬ程豊かになったが、それに反比例するかのごとく青年が無気力になって行くのを見ると残念でならない。


 確かに過去に青年がやっていた事が余裕のできた大人に取り上げられてしまっては青年の出る幕がないかも知れないが、そこはそれ、青年の持っている独特の嗅覚で十年後、二十年後に起こってくるであろう問題を掘り起して、それにチャレンジしてほしい。


 若さとは年配者にとっては涎の出るほど羨しいものなのだ。青年諸君の意地を見せてもらいたい。
(F生)

118号 1983/1/31  青年よ頑張れ

155号 「みんなでつくる音楽会」報告 畑 悠美子

155号 「みんなでつくる音楽会」報告 畑 悠美子


 一月二十二日、成人祝福と青年の為の礼拝の後、午後二時より、青年会主催による、「みんなでつくる音楽会」が行われました。カノン・アンサンブルと青年会の代表による演奏でした。カノン・アンサンブルのバイオリニストであります佐藤有里さんが手のけがの為、残念ながら出演できず、プログラムに多少の変更がありましたが、礼拝堂の音響を生かした、オルガンとフルートそしてブロックフレーテの素晴しい演奏でした。アンサンブルのメンバーに、岡部慎吾先生の御弟子さんが、ドイツより遊びにいらして、彼もちょうど二〇才ということで、祝福されながらの演奏でした。また、岡村ひとみさんのオルガン独奏は、恩寵教会のオルガニストとオルガンの先生が最前列に座っておられたので、かなり緊張しているとおっしゃっていましたが、とてもきれいな演奏を聴かせてくれました。高校生でありながら、皆の中で、劣ることなく頑張ってくれた、北村洋君のキーボード演奏。最後は、教会のオルガニストでもあります、鷲見知子さんの素晴しいオルガン独奏で、二時間弱の音楽会をしめてくれました。


 今回の様な、教会内でつくりあげる音楽会を、機会があればもっと行っていければ、素晴しいと思います。

221号 青年会 本格的活動始まる! 竹本幸子

221号 青年会 本格的活動始まる! 竹本幸子




 月報二一九号でお知らせしました通り、昨年十一月から恩寵教会にも青年会が再出発しています。感謝です。今のところ、毎週木曜日の聖書研究会を中心に映画鑑賞会、そのほか三月には横浜のキリスト教史跡めぐりなども予定しています。木曜日の聖書研究会では、菅根先生も時々参加してくださり、入門書や昼間の聖書研究のテープを使って、みんなでいろいろ話し合っています。最近ではゼブリィご夫妻によるBible Studyも始まり、話題もずいぶん幅が広がり、実りの多い時を過ごしています。今まで聖書や信仰についてみんなで話し合う機会はあまりなかったので、このような会が始まったことをとてもうれしく思っています。

223号 共に神様の実を結びましょう! 基督安 是武利(クリスチャン・ゼブリ)

223号 共に神様の実を結びましょう! 基督安 是武利(クリスチャン・ゼブリ)


 こんにちは!私達は基督安 恵・是武利と申します。すてきな皆さんと主を讃美することが出来て、本当に感謝しています。私達が昨年、盛岡から材木座に引越しした時、皆さんが温かく私達を受け入れて下さいました。私達は日本キリスト教団の宣教師として、一年間盛岡の善隣館キリスト教センターで働いていました。善隣館で英語と聖書を教えていました。それに、六つの盛岡の教会で説教と子供の英語のバイブルキャンプをしたりし、また私達も善隣館でバイリンガルの礼拝と交わりを始めました。


 盛岡と善隣館の皆さんを愛していましたから、別れるのはとても辛かったです。けれども私達は日本キリスト教団と共に、全国の教会と学校の青年のために若者の伝道と教育のプログラムを始めることになりました。その働きの準備のために、東京の日本キリスト教会館のビルにある宣教師の日本語学校で日本語の勉強をすることになりました。私たちは、神様の摂理で鎌倉に住むことになったのだと思います。私達の家はドラモンド先生と言う宣教師のために建てられた家です。恩寵教会に最初に行った時に恩寵教会もドラモンド先生の教会だったという事を聞き、驚いて、神の意志に生きていることには違いがないと言うことを強く感じました。それに、子供の時に恵が二年間葉山に住んでいて、近くにある長柄小学校に通学していたのです。そこで初めて日本人に愛されていることを感じて、日本と日本人を愛することになりました。十五年ぶりに恵を親切に成長させて下さった友達と再会が出来て幸いです。こんな素晴らしいことを理解して見ると偶然だと思う人もいるかもしれませんが、これは私達のための神の御計画です。私達はローマ人への手紙八−二八を信頼しています。「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」と書いてあります。九年前に私達がアメリカのペンシルバニヤ州のSwarthmoreと言う町の長老教会で会った時に二人とも宣教師になりたかったのです。そして、恵が日本に行こうと勧めたとき、基督安は「日本で宣教師になる必要なないよ!」( “You can’t be a missionary in Japan”)と、強く主張しました。基督安は牧師の息子として教会で育てられたので、宣教師は普通貧しい国で宣教すると言う事をよく知っていました。振り返ってみると、神様には不可能なことはないと言うことを習いました。神様は基督安の教会での経験と恵の日本での経験を併せて、私達の想像力を超えた素晴らしい人生の実を結び始めています。


 恩寵教会は私達が神様との人生の実を結び始めている大切な避け所だと考えるようになっています。私達の仕事は、いろいろな教会と学校を訪問するような働きですから、毎週恩寵教会には来られません。恩寵教会に来られる時は「spiritual home」と言えるように思っています。青年の働きをめざしていますから、青年会に参加することが出来て、皆様から色々なことを学んで、とても嬉しいです。佐藤ひろみさんと平野ゆうこさんは、何時も優しく招いて下さいますので、心から感謝しております。基督安も復活日に子供のための説教が出来て本当に良かったです。初めての日本語での子供の説教でした。それに、英語のバイブル研究会にも参加が出来て感謝しています。


 まだ宣教師の卵ですから、失敗する事が多いのだと思います。それに、日本語が上手じゃありませんので、皆さんに色々教えていただきたいと思います。恩寵教会の皆さんにはイエス様の命が通っていることを最初に私達を受け入れてくださった日から分かりました。恩寵教会はイエス様につながっていますから、神様の豊かな実の結び方を楽しみにしています。

228号 青年会 新年度を迎えて 竹本幸子

228号 青年会 新年度を迎えて 竹本幸子


 青年会を結成して、もう一年半が過ぎようとしている。今まで何をやっても長続きしなかった青年会だが、最近、教会の青年達が賑やかになってきたことにお気づきだろうか?この四月に、青年会では田中一成さんと望月達朗さんという、待望の新メンバーを二人も迎えたからである。実は、新しいメンバーを迎えるのは青年会始まって以来、はじめてのことで、私たちにとっても大きな恵みである。二人とも、もうすっかりメンバーとして定着し、ほぼ毎回参加してくれている。こんな歓迎ムードのなか、他のメンバーも、今年こそは活動を定着させようと、積極的に参加してくれている。


 現在は、English Bible Study定期的に行っている。メンバーの中には英語を専門に学んでいる者から英語の苦手な者まで様々だが、講師のZebley宣教師ご夫妻を中心に楽しく、学ぶことの多い、実りの時となっている。今年度はそれに加え、月に一度の例会を定着させ、できれば聖書の学びなども行っていきたいと思っている。ふだん忙しい日常生活を送っているメンバーだからこそ、良い交わりの場になればと思っている。そして、みんなで楽しい会を作りあげていきたいと思う。もちろん今年も昨年の映画鑑賞会のように、教会の皆さまにも参加していただけるような企画もしていくつもりなので、これからの青年会にご期待ください!

236号 「夏の夕べ」と青年会奮戦記 平野絢子

236号 「夏の夕べ」と青年会奮戦記 平野絢子


 今年の「夏の夕べ」には「青年会中心の」という形容が付いていた。何とも恐ろしい話である。良い機会だから、「青年たちの主張」を洗いざらい吐き出してみようと思う。
1)

荒井牧師からの依頼
 「ねぇ今年の夏の夕べ、青年会に中心になってもらいたいんだけど…」「よしゃ!任せて!」と二つ返事。後先考えずに返事をしてしまうのが若さ故の愚かさ、といった所だ。他教会を招くという大切なイベントを請け負う決断をあまりに安易にしてしまったことに一同反省したことは事実である。
2)

青年の不在
 青年は楽しいことが大好きで、行事だけ参加する輩が多い。そのため意志の疎通が不十分で当日必ず失敗をする。これを難なくフォローするのが恩寵の婦人の皆様である。皆様のヘルプにお礼を申し上げたところ、「ん?私たち、なぁんもしてないわよ。」とおっしゃる。無意識なのがまた凄い。
3)

使用上の注意
 最近、青年会が酷使されている様だ。信徒証詞、青年。夏の夕べ、青年。地区CS生徒大会、青年。月報原稿、青年。うんざりする程青年、という言葉が出るにも関わらず、そこは恩寵の柔軟さというか、寛容さというか、自然なフォローをして、背中を押してくださる。でも一つだけお願いを聞いてください。青年に奉仕を任せてくださる時、もし、「どうせ青年のやること」という気持ちがよぎったら、それだけは心から取り除いてください。
4)

ところで「夏の夕べ」は?
 (3)のお願いの裏には、この「夏の夕べ」の裏方エピソードがある。「青年会中心」と言われている傍ら、「どうせ青年会のやることでしょ。」と着々と準備がされていたのは事実である。くやしかった。でも、ごく自然に助けてくださった婦人の方々の存在や、やはり、それなしには「夏の夕べ」は成功させられなかったはず。これから上の世代の本当に“立派”な方々から沢山のことを得つつ、真剣に教会での青年の役割や、教会の将来というものを見つめなければならない。今、大事な時だと思う。とても難しい立場だと思う。任せたくとも任せられない不器用な青年。使ってみればボロボロ失敗がでる青年。しかも、何を考えているやら謎な青年。私達自身、葛藤を覚えている。我が家のような、大切な恩寵だからこそ、今、悩める青年たちである。

242号 青年会旅行報告 三股恵美子

242号 青年会旅行報告 三股恵美子


 八月一日から始まった恩寵教会青年会と大津教会・神戸教会との交流会で、私は様々なことを学びました。四日間の旅行の目的は、他教会との交流と、阪神大震災の実際の姿を知ることでした。


 大津教会では、望月家の方々が本当に温かく歓迎してくださり、楽しい時を持つことができました。中でも、一番心に残っているのは望月牧師の阪神大震災についてのお話です。当時、私は小学校五年生でした。『関西で大きな地震があり行方不明の人や怪我を負った人が何人もいる』ということぐらいしか知りませんでした。テレビで、多くの人が亡くなり、水や食糧も不足しているのだと知った時も「大変だな」「可哀想だな」と感じたきり、やがて震災のことが取り沙汰されなくなると、日常のことで精一杯になり、被災者の方達がどんな生活を送っているか、知ろうともしなかったのです。望月牧師の話された当時の状況は、私の想像を絶するものでした。家族を亡くし、住む家を失った人々はどのような生活をしていたのか、水がどれほど不足していたのかなどの情報は、テレビを見ていただけではわからないことです。けれど、その過酷な当時の状況下で、人々はお互いに支え合って生きていた事を忘れてはいけない、と望月牧師は話します。崩れないで残った家では何家族もが助け合って生活をし、見も知らない人であっても励まし合う。そんな生活を営んできたからこそ、被災地は今の姿を取り戻すことができたのだと思います。お話の前に読んだ聖書の箇所は、出エジプト記三章十四節、ヨハネ十章一〜四節です。震災の直後、家族の名を呼びながら捜し回った人々は、正に必死の思いで羊を探す羊飼いの姿であり、仮設住宅に移ることを拒み公園で生活してまで、慣れ親しんだ場所にいたい、その場所こそ自分の存在意義があると信じている人々は『そこにある』という言葉を示しているのです。


 この話を通して、阪神大震災がどんなものであったのか、その中から人々が何を学んだのかを知ることができました。また、聖書の言葉がいかに私たちの身近にあるのかも改めて感じずにはいられませんでした。


 大津教会から神戸教会へ向かい夕方の交流会で、菅根牧師や神戸教会青年会の方々の手厚い歓迎を受けました。その場で知り合った神戸教会の友人が、震災の時の話をしてくれたことも忘れません。


 戻ってしばらく経った今、私の中でやっと望月牧師や神戸教会の友人が語った話と資料館での映像とが結びつきつつあります。この旅を経て一番感じたことは、大切なことは、自分が関心を持つことには遠くから接するのではなく、実際に触れてみなければ何もわからないままだということです。


 このような機会を与えてくださった方々と神様に感謝します。